4. 統合失調症
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1. 統合失調症の症状と経過
1-1. 統合失調症はどんな病気か
発病危険率(平均的な人間が生涯の中でその病気に罹患する可能性)は0.7~0.8%と推定され、100分の1に近い数字
この値は世界的にほぼ共通であり、地域・人種・文化などによる差がほとんどない
精神科の入院患者に占める統合失調症の割合は特に大きい
わが国の精神科入院患者30万人あまりのうち、60%近くが統合失調症と関連疾患によるもの
そのうち多くが社会的入院(医学的には必要がないのに、引き取り手がないなどの理由でやむを得ず入院を継続しているもの)の状態にあることも大きな問題 外来通院者などを含め全国に70~80万人の患者がいるものと推測される
初発年齢は10代の後半から20代を中心に、30代前半までの思春期・青年期が大半であり、男女とも同程度に発症する
代表的な症例
実際には存在しない話し声や物音が聞こえてくる
監視されている、つけ狙われているなどと根拠なく思い込む
「自分の考えや行動を何者かに支配される」「内心の考えや思いが皆に知れ渡っている」など、自己の内面と外界の現実との区別が失われる
心の内密性や自律性が失われる症状であり、患者に大きな苦痛を与えるものと推測される
感情の生き生きした動きが乏しくなる
意欲・自発性の低下
陰性症状は生活機能を損なう点で陽性症状に劣らず重大な症状
統合失調症の経過のなかでは陽性症状や陰性症状がさまざまな組み合わせで生じ、症状の悪化(再燃)と軽快を繰り返しながら、長い経過をたどっていくのが特徴
再燃を繰り返す度に社会的機能が低下することが多く、治療しないで放置しておくと重い残遺状態に至ることもある
統合失調症はこのように深刻な疾患であるうえに、かつては有効な治療法がなかったため、患者はしばしば長期にわたる病院への収容生活を余儀なくされた
1952年にクロルプロマジンが開発されて以来、統合失調症は外来治療の可能な疾患になり、予後が大いに改善された しかし、この疾患に関する社会の理解は現在なお十分とは言えず、そのことがしばしば患者の社会復帰の妨げとなっている
1-2. 症例
統合失調症の経過は様々
症例 p.54~56
1-3. 診断と病型
前駆期
本格的な発症の前に、体調不良や不眠などの心身の不調が見られることが多い
このゆな時期は数日〜数週間続くが、時には数ヶ月〜数年に及んだとする報告もある
前駆症状はこれといって特徴のない非特異的なものが多く、この段階で統合失調症と診断することは難しい
急性期
その後、幻聴や被害妄想といった本格的な症状が表れて発症に至る
ストレスフルなできごとが発症のきっかけとなることもあるが、特にきっかけの見当たらない場合が多い
急激な変化を見て、家族はストレスへの心理的反応という解釈に傾きがちであるが、統合失調症の幻聴や妄想、これに伴う奇妙な行動などは、心理的に了解できないもの
急性期の症状が出現したらすみやかに専門医を受診する必要がある
ただし、統合失調症の陽性症状は中毒物質による幻覚などと違って、患者自身は異常とは感じない事が多い
病識のない患者にとって、自分を病気扱いして医者に連れて行こうとする周囲の人間は、迫害に荷担する共犯者に見えるから、なおさら援助を頑なに拒むことになる
しかし、統合失調症のように病識欠如を特徴とする疾患の場合、本人の意思に形式的に従っていたのでは治療が成立せず、結局は患者自身の利益を大きく損なうことになるだろう
ただし、統合失調症に関しては、最近では治療の進歩とともに、軽症化の傾向が認められており、病識のもてるケースや当初から外来で治療可能なケースが増えている
慢性期
急性期の症状がおさまると慢性期に入る
慢性期の状態は個人差が大きく、急性期の症状が消退して病前の生活機能を回復する寛解状態に達することもあるが、何らかの変化の残る場合が多い
陽性症状や陰性症状が残存するケースの他、以前よりも元気がなくなって消極的であるとか、疲れやすくて根気が続かないといった微妙な変化が尾を引く場合もある
こうした変化や生活機能の低下は、再燃を繰り返す度に顕著になる傾向があり、統合失調症の治療において再燃予防が特に重視される理由がそこにある
症状や機能低下が長期的に持続した状態
DSM-5は慢性状態と残遺状態を区別せず、急性期を脱した後を一括した残遺期と呼んでいる 慢性期・残遺期を通して、統合失調症の経過中に抑うつ症状が見られることは珍しくない
闘病による心身の疲れや、本格的な精神疾患にかかったことによるアイデンティティの動揺、将来を見越しての不安など、さまざまな要因が関わるものと考えられる
統合失調症の症状や経過は多彩であるためいくつかの亜型に分類することができる
多くは20代後半から30歳以降に発病する
陽性症状が主体で慢性に進行し、陰性症状やパーソナリティの変化は比較的軽度
妄想は経過とともに発展して、社会現象などを取り込んだ壮大なストーリを形成することがあり、妄想体系などと呼ばれる 10代後半から20代前半に発症し、連合弛緩などの思考障害や不自然な情緒的反応が目立つ 幻聴や非体系的な妄想が認められることが多い
陰性症状が徐々に進行して無為・閉居の状態に陥ることがしばしばある
緊張病症候群とは、緊張病性興奮(了解不能な激しい興奮状態)と緊張病性昏迷(意識はありながら一切の言動を停止して無反応となった状態)という両極端の症状が、時間とともに劇的に交代しつつ出現するもの 緊張型はどこの国でも田園地域に多いことが知られ、工業化や都市化に伴って減少する傾向が認められているが、そのメカニズムは不明
わが国でも緊張型は減り、妄想型と破瓜型に相当するケースが大半
2. 統合失調症の治療と援助
2-1. 薬物療法
統合失調症の治療においては、薬物療法が特に重要
クロルプロマジンに代表される抗精神病薬は、鎮静作用とともに幻覚妄想を抑える作用を持っている 統合失調症の治療において、抗精神病薬は2つの重要な役割を果たす
統合失調症の症状、特に急性期の陽性症状を抑える効果が期待される
陰性症状よりも陽性症状によく効くが、同じ陽性症状でも初発の急性期にはよく効くのに対し、慢性期に入って固定したケースでは効果が乏しい
その意味でも、初発の際にすみやかに受信して早急うに治療することが大切
再燃を防止することはきわめて重要な治療目標となる
抗精神病薬はこの目標を実現する有力な手立てを与えるもので、抗精神病薬を継続服用することによって、再燃の危険が有意に減少することが大規模調査によって立証されている
一方では有害作用もある
抗精神病薬はドーパミンの過剰な働きを抑えることによって治療効果を発揮する ドーパミンもまた脳内で重要な働きを担う物質であるから、その正常な働きが抑制されればさまざまな不都合が生じることになる
もっぱらドーパミン神経伝達の遮断によって効果を発揮するもの
ドーパミン遮断作用によって起きる一連の副作用
パーキンソン病は中脳という脳部位においてドーパミンを産生する細胞が脱落し、ドーパミンの不足をきたす難病 したがって、定型的抗精神病薬の使用にあたっては、副作用を抑えるための抗パーキンソン薬や、その結果として生じる便秘・口渇の治療薬などを併用せねばならず、患者の負担が大きかった 20世紀の終わり頃から登場した各種の新しい抗精神病薬
ドーパミンだけでなく他の神経伝達物質にも作用するものや、ドーパミン神経伝達を適正レベルに調節するものなどさまざまであるが、いずれも従来の定型抗精神病薬に比べてパーキンソン症状が大きく改善され、患者の負担軽減に役立つものとなっている
ただし、また別の副作用があり、代表的なものとして体重増加や糖尿病の悪化などがある 統合失調症の再燃を予防するためには、抗精神病薬を長期的に、時には生涯にわたって飲み続けなければならない
非定型抗精神病薬では副作用が改善されているとはいえ、長期的な服薬継続は心理的にはつらいことであろう
とりわけ、就職や結婚・出産などのライフイベントの際に、服薬をめぐって患者の不安が強まることはよく経験する
個々の患者にあった薬を必要最小限で処方したり、休薬日を設けたりする工夫が医師に求められるが、患者をとりまく人々も本人の気持ちをよく汲んで支えていくことが必要
2-2. 精神療法と社会復帰援助
統合失調症の治療においては薬物療法が不可欠の役割を果たしており、薬物療法を抜きにした治療はほとんど考えられない
しかし薬物療法以外の治療もまた重要な意義をもっている
抗精神病薬の効果を踏まえ、統合失調症に対する精神療法的なアプローチが発展してきた経緯については3. 精神疾患の治療 統合失調症の急性期には、患者を安全な形で医療につなげることが何よりの急務
急性期には幻覚妄想や興奮のために疎通性が失われ、本人とのコミュニケーションが成立しないことが多い
しかし、そのような状態のなかでも患者は非常な注意力をもって周囲を観察しており、後までよく記憶していることが少なくない
たとえ、話が通じないと思われる精神病状態の患者であっても、礼儀と配慮を失わずに対処することが望ましい
急性症状が落ち着いて慢性期に入ると、薬物療法を継続しつつさまざまな働きかけを行うことになる
幻覚妄想といった特異な症状を経験した患者や家族は、症状が落ち着いた後も将来に向けて大きな不安を持っているであろう
統合失調症に関しては世間の誤解や無理解も依然として多く、それだけに適切な情報提供によって合理的な判断ができるよう援助する意義は大きい
統合失調症は思春期・青年期に発症することが多い
このため、統合失調症という慢性疾患との闘病にエネルギーを奪われてしまい、学業はもとより友人関係を育み人生経験を積むなどの達成課題が疎かになりがち
慢性期には、通院服薬を支えて再燃を予防するとともに、各種の社会資源を活用しつつ社会参加を支援することが課題となる 具体的には知らない人に道を尋ねるとか、気の進まない誘いを断るなどといった具体的な場面を連想し、ロールプレイ形式でコミュニケーションの訓練を積んでいくもの
認知行動療法の影響を受けて発展し、社会復帰援助の現場で広く活用されている
3. 統合失調症をめぐるトピック―原因・名称・当事者活動
3-1. ドーパミン仮説と脆弱性ストレスモデル
統合失調症は典型的な内因性疾患であり、原因不明の脳の機能変調によるものであると考えられてきた 最初の抗精神病薬であるクロルプロマジンは統合失調症の治療薬として計画的に開発されたものではなく、麻酔薬の候補薬物のなかから偶然に発見された その後、クロルプロマジンやハロペリドールなど定型抗精神病薬の作用メカニズムについて研究が重ねられた結果、これらの薬はいずれもドーパミンによる神経伝達を抑制する働きがあることがわかってきた 逆に、ドーパミン神経伝達を促進する作用のある覚醒剤が、統合失調症とよく似た症状を引き起こすことなどを合わせ考え、統合失調症では脳内におけるドーパミン神経伝達が過剰になっており、このために急性期の陽性症状などが起きるものと推測される
ドーパミン仮説は広く支持される有力な理論であるが、それだけでは統合失調症の全貌を理解できないのも事実
抗精神病薬の奏功しにくい陰性症状や慢性症状のメカニズムを含め、統合失調症にはなお多くの謎が存在する
その解明に向け、グルタミン酸神経伝達の低活動を想定するグルタミン酸仮説など、さまざまな考え方が提唱されてきたものの決定的な進展は見られず、将来の課題となっている 一方、急性期の症状がドーパミン神経伝達の過活動によるものであるとすれば、なぜそのような過活動が生じるかということが次の疑問として生じる
遺伝子に注目した研究の結果によれば、統合失調症の発症に関わる遺伝子は多数存在するものと推測され、それらを多く持ち併せるほど発症のリスクが高まるものと考えられる 先天要因によって統合失調症を発症しやすい体質が準備され、そこに成長過程でのさまざまな体験やストレスの影響が加わって発症に至るのであろう
現時点での多くの研究者の共通理解をまとめたもの
先天的な条件によって体質が規定され、これに後天的な要因が加わって発症に至るという基本的な図式は、多くの成人病・生活習慣病と共通するもの 3-2. 病名とスティグマ
ギリシア語に由来する造語で、schizo-(分裂する)phrenia(魂、精神)
その語義を直訳したのが精神分裂病という名称
この言葉の持つ侵襲的な響きは患者や家族にとって受け入れ難く、一般の誤解や偏見を助長してきたことは否定できない
患者や家族の長年の希望がようやく反映され、アンケート調査などを行った上で「統合失調症」という名称が用いられることになった
2002年8月のこと
社会の中で一定の特徴をもつ人々に押し付けられた負のレッテル
精神分裂病という名称は近現代のわが国における典型的なスティグマであった
それは統合失調症と呼び名が変わった今も尾を引いており、「危険」「異様」「不気味」といった一般人の固定観念が当事者らの社会参与を妨げている
3-3. 当事者活動
早期診断・早期治療も以前よりは進展し、最近では統合失調症そのものが全般的に軽症化してきたとの指摘もある
病名について自己開示することも、昔に比べれば容易になってきた
そんな世相を背景に、統合失調症の患者を中心とした精神障害者の当事者活動が各地で広がりつつある
患者の主体性を重視した形でさまざまな自助活動が行われているが、とりわけユニークなのは当事者研究
当事者研究の場では、患者がそれぞれの事情をふりかえり、自己病名をつけて自己分析し、闘病上の悩みや工夫を率直に語り合う